| ■バリ島 |
久しぶりのバリ島です。ビーチや空港からは離れていますが、ゆっくりできるウブドゥに滞在しました。絵画や踊りなどの芸術活動が盛んな町で、日本人にも人気です。
芸術活動が観光の目玉です。観光客は芸術活動にお金を落とし、そしてますます芸術活動が盛んになるという循環が完成しています。是非はともかく、観光客もシステムに組み込まれているのです。
ウブドゥは以前訪れたときと比べると、すっかり観光地化されてしまっているのですが、いまだにガムランがどこからともなく聞こえてきます。また少し歩くと田園風景があり、昔の日本の風景のようです。
「すっかり観光地された」というのは必ずしも悪くとらえる必要はありません。、エキゾチックな雰囲気は十分に楽しみながら、おしゃれで快適なホテルやカフェで過ごせるともいえます。インドネシアの他の島やバリ島のビーチを好きになれなかった方も、一度訪れてみてください。
ちなみにバリ島でのテロの影響で落ち込んでいた観光客数は、既に元のレベルにまで回復しています。 |

お気に入りのレストランやカフェを見付けるとウブドゥ滞在は快適になります。 |

すっかり観光地化したウブドゥですが、30分も歩くと棚田が広がっています。 |
| ■東チモール |
●新しい国
あまりなじみのない国です。2002年インドネシアから独立した新しい国です。情報不足のため、訪れる人はあまり多くありません。どんな国か興味があったので訪れてみました。
私はバリ島から訪れました。
●歴史
まず東チモールの歴史を振り返りましょう。
独立までインドネシアはオランダ、東ティモールはポルトガルの植民地でした(第二次世界大戦中は日本の植民地)。1945年インドネシアはオランダから独立しました。1974年ポルトガルが非植民地化政策をうちだし、東ティモールは旧ソ連やキューバの支持のもと独立宣言しましたが、結局は1975年インドネシアに併合されました。
1991年、デモにインドネシア治安部隊が発砲し多数の死傷者を出した事件(サンタクルス事件)が生じ、インドネシアによる東ティモール併合非難の国際世論が高まりました。
インドネシア政府は独立の賛否を問う東ティモール住民投票を尊重する方針を表明しました。1999年投票結果は予想されたとおり独立賛成派多数。東ティモールが独立することが決定しました。
これですんなり独立するかと思いきや、独立反対派が武力に訴えでて、虐殺も生じました。この虐殺はインドネシア国軍の黙認のもと行われたとの訴えも多いです(ノーベル平和賞を受賞した司祭を含む、逆にこのノーベル平和賞は多分に政治的だという批判も強かったです)。それまで独立反対派とインドネシア国軍は一緒に、独立派と戦ってきたのですから。
悲惨な歴史を経て、東ティモールは独立にいたったのです。
●国際社会の関与
東ティモールは「注目度が低い」「小国である」ということで、大国の方針に振り回されてきました。
まずアメリカ合衆国、日本を含む多くの西側諸国ですが、国連のインドネシア軍撤退勧告にも関わらず、インドネシア軍の進駐を黙認してきました。もちろん、これは東ティモール独立派が、旧ソ連、キューバの支持を受けていたからです。
次にこの地域における大国オーストラリアです。オーストラリアは、積極的にインドネシアの東ティモール併合を容認。実は、東ティモールとオーストラリアの間の海底には石油と天然ガスがあり、オーストラリアはインドネシアと有利な契約を結ぶために、インドネシアによるオーストラリア併合を容認していたといわれています。
オーストラリアが独立支持へ方針変換したのは、世論の高まりと東ティモールが混乱し、難民が押し寄せることを恐れたためと考えられます。どの国も身勝手ですね。
もちろん日本も深く関わっています。上述の通り第二次世界大戦中は日本の植民地でした。また日本はインドネシアの最大の援助国であり、間接的に東ティモール併合を容認していたといえます。
●経済状況
ザイール、カンボジア、アフガニスタンでも経験しましたが、典型的な国連景気の状態です。
発展途上国に国際機関がくると街は異常に賑わいます。国際機関のスタッフは、地元の人の月給に相当する額で1回の食事をします。報道関係者等もたくさん訪れ、ホテルは高級な順に埋まっていきます。現地での通訳、ドライバー等の雇用も生じます。
街は賑わい、物価は上昇します。国際機関とは無関係な地元の方の生活は物価高により苦しくなる場合が多いです。
問題は国際機関が撤退した後です。日本の自衛隊もつい最近撤退しました。今後が心配です。
とりあえずは海外からの援助に頼るしかないでしょう。
観光業に力をいれようとはしていますが、今のところこれといった見所ありません。バリという独特の魅力を持つ観光地がそばにあり、観光地として発展するのは困難でしょう。
期待は石油です。しかし、どの程度国が潤うのか、またその潤いが国民に行きわたるのかは不明です。産油国といってもリッチではない国は世界にたくさんあります。
●インドネシア人
バリ人に東ティモールについて聞くと、東ティモールに住んでいる人々はインドネシアに残りたかったが、外国の石油利権をにらんだ外国の圧力により独立してしまった、という風な意見を聞きました。バリ島はヒンドゥー教であり、イスラム教が中心であるインドネシア政府と必ずしも一枚岩ではないのでが、インドネシア政府寄りの意見が多かったです。
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東ティモールに平和が続くことを祈ります。現在街はいたってのどかです。 |

「国連景気」「援助景気」のあとはどうなるのでしょうか?石油がたくさん産出されることを祈るのみです。 |

サンタクスルス事件の舞台となったサンタクルス墓地。西側記者の隠し撮りビデオにより多数の死者が出たことが明らかになり、独立支持への国際世論が高まりました。
この墓地はサンタクルス事件で亡くなった方を弔うためにできたのではなくて、もともと存在していた墓地でのデモで事件が起きたそうです。 |
| ■ブルネイ |
「世界一の金持ち国」で有名なブルネイに行ってきました。。石油と天然ガスが出るからです。原油の4割、天然ガスにいたってはその99パーセントが日本に輸出されています。
確かに裕福な国でした。夜遅くでも明るいイルミネーションがいたるところにあります。遊園地の営業も夜のみで、ユニークな国です。
王室の資産は世界一ともいわれています。治安は非常にいいです。そう、裕福な施政者と良好な治安は矛盾しないのです。
世界の多くの社会問題は驚くほど経済問題と直結しています。イデオロギー、民族問題等の問題としてとりあげられている世界各国の問題には、必ずといっていいほど経済的な問題が隠れています。隠れていると大多数は、経済的な問題が本質なのです。
◇治安のいい国のパターン
#パターン1:国民がかなり裕福な国(日本、ブルネイ、シンガポール)
#パターン2:厳罰が課せられる国(ミャンマー、イラン、独裁下だった頃のイラク、独裁下だった頃のチリ)
さて、このブルネイの天然資源ですが、20年後にはなくなるという説もあります。そのときに備えて、ブルネイは海外資産を持つ等努力をはじめています。
実際に天然資源が枯渇してしまい状況が一変した国があります。興味深い国なのでご紹介しましょう。南太平洋のナウルという小さな国です。この国はリン鉱石がとれることにより、大変裕福な国でした。大部分の労働は外国人労働者に任せて、ナウル国民は裕福な生活を送っていたそうです。しかし、数年前にリン鉱石がとれなくなり、状況は一変。外国投資や航空会社運営を試みるもうまくいきませんでした。国ごと電話が不通となり、国が消滅したなんてうわさがあった時期もありました。オーストラリアに保護を求めてきたアフガニスタン難民をオーストラリアの代わりに引き受け、オーストラリアから援助を受けています。現在も経済状況は厳しく、さらに治安も悪化。非常に内情が伝わりにくい状況となっています。実は、私は今回の旅行でナウルを訪問してみたかったのですが、外国人訪問者の対応が出来る状況ではないようであり、ビザ入手の目処がたたず断念しました。
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きれいにライトアップされたモスク。お酒等娯楽が少ないお国柄、散歩を楽しんでいる人がたくさんいます。 |

治安は非常にいいです。日本以上かもしれません。昼間暑いこともあり、夜でも家族で公園で遊んでいます。 |
| ■香港 |
中国返還後はじめての香港訪問です。中国経済の勢いを感じます。観光客相手のお店も、対象が日本人から、中国人にかわっています。日本経済がますます失速していき、「金持ち日本人」といわれていたことを懐かしむ時代がこなければいいのですが。
街の両替商はどこも中国元を扱っています(香港での通貨はまだ香港ドルです)。両替可能になったとき、中国元から外貨への過大な両替を中国当局は心配したそうです。しかし蓋を開けてみると逆でした。香港ドルから中国元に替えて、貯金する香港人が多かったのです。
香港ドルはアメリカドルにリンケージさせています。ということは今後アメリカドルよりも中国元の方が強くなると香港の人々は思っているということです。中国高官が何度否定しても、中国元切り上げに対する期待は高まるばかりです。 |
糖朝(トンチュ、The Sweet Dynasty)というお店。デザートが有名で、日本にも支店があるそうです。デザートよりも、お粥がおいしかったです。 |

相変わらずの明るい看板群です。こんなに明るいとかえって看板の文字が頭に入りません。看板の落下事故はないのでしょうか。 |
このエスカレーターは世界一長いとの事です。坂の多い香港島の中を延々とエスカレーターが連なっています。あまり面白みのある場所ではありません。もし故障したら通勤は大変ですね。 |

夜のビジネス街です。こちらの夜景の方が情緒があり、気に入りました。香港のビルは風水を重視して作られていて、様々な形があって楽しいです。 |
| ■深せん |
今までの旅行は香港から気分転換にマカオを訪れていましたが、今回は深せん(「せん」は土偏に川の漢字です)にいってみました。
香港からマカオは船ですが、深せんは列車で簡単にいけます。現在日本人は14日以内は中国ビザが不要であることもあり、気軽に訪問できます。とはいってもあまり面白みのある街ではありませんでした。香港の延長線上にある商業的に発展した中国の街があるだけでした。
遊園地等はあるのですが、香港から訪れるなら、ポルトガル情緒の残るマカオをおすすめします。 |

深せんのショッピングセンター。香港からの買い物客が多いです。物価は中国内陸よりはずっと高いですが、香港よりは安いです。 |